句集の出版と自費出版詐欺

執筆者:凡夫

定型俳句であれ、自由律俳句であれ、俳句を嗜んでいれば、多くの自作俳句が出来てきます。
そうなると、やっぱり、句集として一つにまとめてみたいなと思うでしょう。
句集という俳人として生きた証ができるわけですから、俳人であれば句集を作ってみたいと思うのは当然かもしれません。

ちょっとした句集を作って、家族や周りの俳句友達などに見てもらうと言うのはよくあることです。
しかし、どうせ句集をつくるのであれば、多くの人に読んでもらいたいと思うでしょう。
そのとき、どんな句集を作るかというのが今回のテーマです。

パソコンやプリンターが身近にある時代ですから、簡単なものであれば自分で句集をつくることもできます。
それに電子書籍が増えてきていますが、こうした電子書籍であればほとんどお金を掛けずに作ることができます。
これからの時代の一つのスタイルと言えるでしょう。

しかし、紙の書籍という形は今でも魅力があります。
一つの記念として残したいのであれば、一応体裁が整った紙の書籍で句集にしたいと思う人も多いでしょう。
ですから、少々、費用を掛けても印刷会社に頼んで句集を作ってもらうのも悪いことではありません。

さらにもっと、きちっとした形のものにしたいのであれば、自費出版をするという選択もあるでしょう。
それなりにお金はかかりますが、どんな趣味でもお金はかかるもの。
旅行にしろ、ゴルフや釣りにしろ、それなりにお金はかかります。
そうした点から考えれば俳句はお金がかからない良い趣味だと言えます。
ですから、句集を出すぐらいの贅沢は許されると思います。

ただ、出版となると作家の印税生活をイメージしてしまうかもしれません。
しかし、よほど著名な俳人でなければ、句集が売れることはないでしょう。
それでなくても活字の本が売れない出版不況の時代ですから…
ですから、一般の俳人の方は書籍を売るという発想は持たないほうが良いでしょう。

と言っても、売ってお金を儲けるという考えでは無くて、単に本屋さんに自分の本を並べてみたいという欲求がある方もいるでしょう。
そんな方がターゲットになりやすいのが自費出版詐欺と呼ばれるものです。

この自費出版詐欺と言うのは書籍を作ってくれ、しかも本屋に流通させてくれるということで、本屋に自分の本を並べたいという方の夢を叶えてくれるものですが、そのかわりに高額の費用がかかるのが特徴です。
100万以上は当たり前で、200万円、300万円ということもザラです。
まあ、本を作らずにお金をだまし取ったり、本屋に並べると言って並べないような詐欺とは違います。
ですが、そもそも売れないとわかっているような本を高額で作らせて、その本の費用を著者に負わすわけですから、問題がある商法と言えるでしょう。

確かに本は出してみないと売れるかどうかわからないという面もあります。
ですが、通常の商業出版では売れなかったときのリスクは出版社が持ちます。
自費出版の場合、そうしたリスクをすべて著者が負うわけですから、出版社としては本が売れようが売れまいが利益が残るビジネスシステムとなっているわけです。

こうした中で自分の句集や詩集を出したいと思っている人は出版を決断する可能性が高いことから、ターゲットになりやすいと言われます。
もちろん、自費出版自体は決して悪いことではありませんし、そこから大ヒットして作家になった人たちもいます。

ですが、たくさんの売れない本を印刷し、しかも出版社と契約している一部の本屋の隅っこに並べることで、本屋に並べるという契約条件を満たしていると主張する出版社に大金を払って自費出版すべきかどうか一度再検討してみるべきです。
ただ書籍という形で印刷するのであれば、数分の一の価格でできるのですから。

自由律俳句とは

自由律俳句とは、従来の俳句、つまり定型俳句とは違う自由な俳句のことを指します。

どう自由なのかと言うと、定型俳句に見られる「季語」や「5・7・5」という17文字からなると言う約束事を破っているのです。

定型俳句を成り立たせている「季語」と「17文字」という2つの要素を取っ払ったと言う点で、ある意味、革命的な俳句とも言えます。

もちろん、定型俳句のすべてが17文字というわけではなく、決まった文字数よりも多い「字余り」や、逆に少ない「字足らず」という句は普通に見られます。

ですが、自由律俳句の場合、そもそも、そうした文字数を意識していない点で、これらとまったく異なっているものです。

自由律俳句が生まれる背景に、明治40年代の河東碧梧桐の新傾向俳句がありました。

この新傾向俳句は従来の俳句を批判し、俳句界に新風を巻き起こしました。

新傾向俳句は伝習的季題の革新や5・7・5調の批判に特色があります。

それに共鳴したのが荻原井泉水で、河東碧梧桐を擁して「層雲」を発刊しました。

その後、荻原井泉水は季語を捨てることを主張し、それを拒否した碧梧桐は層雲を去ります。

こうして、季語と5・7・5調をなくした自由律俳句が誕生し、自由律俳句誌「層雲」が自由律俳句の中心的雑誌として刊行。

紆余曲折を経ながら、現在まで発行され続けています。

「層雲」からは尾崎放哉種田山頭火といった著名俳人が輩出し、近年、住宅顕信が出るなど、大きな影響を与えています。

さて、層雲を去った碧梧桐は門下の中塚一碧楼らと俳誌「海紅」を主宰します。

その後、1922年から碧梧桐は一碧楼に主宰の座を譲ります。

この自由律俳句誌「海紅」はもう一つの自由律俳句の流れとなっており、現在まで刊行を続け、2015年に創刊100周年を迎えています。

こうした歴史を持つ、自由律俳句ですが、最近ではピースの又吉直樹や文筆家のせきしろの自由律俳句が注目されるなど、新しい展開も期待されています。