山頭火と交流のあった人たち

執筆者: 田中信一

春陽堂の山頭火の本16冊を二度読んで、層雲に参加した。

今から40年も前になる。当時はまだ、山頭火と親交のあった人は生きていた。

今を除いては、それら親交のあった人から話を聞くことは出来ぬ。と感じ、話を聞きに何度も訪れた。

・下関・長府の近木圭之介。彼は、山頭火からの葉書を、きちんと整理して何通も持っていた。座敷には『淡きこと水のごとし』の山頭火の大きな扁額を掛けていた。

・八幡の工藤土筆。旧制中学の国語教師。長野の佐久にも居れば、鳥取にも居た。そこで、関口親子や河本緑石とも交流が有った。

山頭火の日記には『土筆さんはいい人だ』の記述がある。

・同じ八幡の木村幸雄。旧制八幡中学で飯尾青城子から剣道を教わった。

・それに大牟田の兼行桂子。奈良で教師の勉強をしていて、その下宿に山頭火を泊めてやった。

山頭火の親友であった木村緑平と桂子さんの兄は、長崎医専で同級。一緒に女郎、買いに行ってたらしい。それで、緑平の再婚の話が有った時、桂子さんは、断ったとの事。

 以上40年前は、山頭火に関して恵まれていた。