芹田鳳車

芹田鳳車(せりた ほうしゃ)

本名・芹田誠治

1885年(明治18年)10月28日 – 1954年(昭和29年)6月11日

層雲の創刊当初より同人となった、古くからの層雲同人である。
句集として「雲の音」「生ある限り」「自画像の顔」がある。

代表句

・蛙遠く跫音もせず暮る二階
・心澄ませば林の奥の滴なり

略歴

兵庫県の網干にて出生。
旧姓は児島誠治、姫路市鷹匠町にある芹田家に婿入りしたため芹田を名乗る。
日本大学商科卒業後、横浜生命保険会社で働く。
横浜生命は板谷生命に名称が変わるが、その頃、支配人兼経理部長、後、取締役になる。
68歳のときに脳溢血で亡くなる。

参考文献